トヨタ期間工の思い出 「マジで帰りたい・・・」悪名高き○○工場へwwwww

どうも。昔話ばかりで申し訳ないんだけど、トヨタ期間工に行った時の話でも書こうかなと。かなり長くなりそうなのでとりあえず面接から工場決定、入寮まで。

トヨタ期間工?期間工の存在を初めて知る!

当時は22~23歳ぐらいだったかな。約10年ぐらい前の若かりし頃のお話。ネットで寮付きの仕事を探していて、たまたま期間工の求人を見つけて応募したっていう感じだったかな。その時に初めて「期間工」というものの存在を知った。それまで期間工なんてワード聞いたこともなかった。そういえば違う職場で前職「自動車工場の期間工でした」言ったことあるんだけど「期間工?何それ?」って言われたことある。

面接会へ

サイトに載っていた面接会場に行って面接。名前は忘れてしまったんだけど、駅前にあるでかいホテルだったと思う。それか何とか市民会館みたいな会場でかな。予約とかはする必要なかった。直接会場にお越しくださいというようなことが書いてあったと思う。ということで面接会をやっている時間帯に飛び込みで行きました。

ちなみに俺は2回トヨタの面接を受けてる。どちらも合格したんだけど1回目はとある理由で辞退しました。いずれ書こうかな。今回は2回目の話ね。

前回の記事で同じようにトヨタ期間工の面接に来ていた人に23歳だったのに「30歳に見える」と言われたと書いたが、この時の出来事です。

面接官は優しそうな感じの方で、特に答えに困ったとか詰まるようなこともなく無事に終了した・・・気がします(昔の話なので記憶が・・・)。

いざ愛知県へ!

1週間後ぐらいだったかな。家の郵便受けに封筒が届いた。トヨタ期間工って面接の時に茶封筒に自分の名前と住所を書かされるんだけど、その封筒に入社の案内だとか何枚か用紙が入っていて、まあ普通に合格したというね。当時の心境は覚えていない。そんなに嬉しさはなかったと思う。

荷物は段ボール1個までだったかな。赴任する前に事前に現地まで送ることができるとのことだったので送った。送料はトヨタが払ってくれたんだったかな。俺の場合だけど重い荷物を抱えて東北から愛知県まで行くのはきついものがあるからね。でもみんな事前に送ってたな。

今となっては愛知県まで行くという決断は容易にはできないんだけど、当時は若かったから愛知に行くことにそこまで抵抗はなかった。行くとなると電車と新幹線で待ち時間含めて5~6時間ぐらいかかったかな。正直疲れる。

集合場所は豊田駅でトヨタのおじさんが待ってて受け入れ教育などする場所までバスだったかハイエースみたいな車に乗って移動みたいな流れだったかなと思う。

約1週間入社の手続きなど

俺と同じ日に赴任した期間工の人たちが広い会場に集められて、入社手続きや受け入れ教育、健康診断などをやると。ロープをかけるようなテストみたいなこともやったような。適正テストかな?あとは書類とか提出したり書いたりとか。

大量募集だったからか、さすがに100人までいないか。60人~80人ぐらいはいた気がする。かなり多かった記憶。

配属先が決まるまでの1週間ぐらいこの場所で過ごすんだったかな。この場所って周りに寮があるような場所だったような気がするんだよね。仮の寮として、その会場の近くにある寮に泊まった。トイレは付いてて風呂は共同だったかな。ガキの頃は温泉に行ったりしててなんとも思わなかったが、大人になって他人と風呂というのはその当時ちょっと抵抗があったな。

悪名高き「田○工場」行き決定・・・

そしてついに俺が働く工場が決まってしまった。どこかというと「田原工場」でした。俺は当時その工場についてどんな感じかよく知らなかった。ただ周りの人の反応を見たり、ネットで調べたら「悪名高き田原工場」みたいなことが書いてあるわけよ。そこで俺はちょっとやる気を失ったという。「田原以外で・・・」って祈ってた人もいたとかいないとか。

正式な寮も決定も「帰りたい・・・」

借り寮じゃなくて正式な寮も決まる。「第○滝頭寮」だった。何番まであったんだろう。番号は10年も前だから何番だったかは覚えてない。2か3だったかな。滝頭寮にバスで向かうわけだが、寮の周りとかめちゃくちゃ山の中にあってさ。本当に自然豊かで良さそうな場所だった。

良さそうだというのは冗談で「俺生きて帰れるよな・・・」ってマジで思った。「来るんじゃなかった・・・」とか、その風景とか環境を見た時にマジで帰りたくなった。でも「何のためにここまで来たんだ!金のためだろ!」と自分に強く言い聞かせその考えだけは捨てたw稼ぐためにはるばるここまでやって来たのでね。

どんな寮だったかは当時の画像少しだけ残ってのを貼るので、これで察してください。画像3枚ぐらいしか残ってなかった。もっと撮った気がするんだけど思い出しくないから削除したのかほぼ残ってなかった。



当時使ってた茶色い長財布とかウォークマンとか懐かしいね。フェイトのセイバーが描いてある銀色のコップとかwwwどうでもいいけど俺アニメの女性キャラで一番好きなのがセイバーだったというねw

工場で使った腕に着ける奴とか黒いエプロンとか。思い出すね。

何階まであったかな。確か4階ぐらいまであって「寮」って感じの建物だった。入り口には寮監の人がいる管理室?があった。1階ごと長い廊下に扉がいくつもあって、一人一部屋が割り当てられると。風呂トイレは共同。食堂付きだった。

寮の周辺は何もなかった。山だったw民家はあったけど。寮の近くに売店があるぐらい。坂があって降りてずーっと行くとスーパーとか商店街があったかな。田原駅、ゲオ、パチンコ屋、電気屋、ホームセンター、郵便局やコンビニ。あとイオンがあって行ったような気がする。生活に困るようなことはなかったと思う。まあ徒歩だとかなり遠いけど自転車レンタルできたので。

こういう環境だと長く働けば確実にお金は貯まったと思う。

最後に

マジでだいぶ前の話だから事細かには覚えていないため書けない。たぶんちょっと間違っている部分もあるかもしれない。

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